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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和44年(ネ)32号 判決

控訴人 黒木要蔵 ほか四名

被控訴人 日向市

補助参加人 国

国代理人 麻田正勝 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原審における被控訴人主張の各請求原因については、当裁判所も原判決の判断を相当と認める。そして、その理由は左記(一)のとおり改め(二)乃至(四)を附加するほか原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

(一)  原判決八枚表八行目冒頭から同裏三行目末尾までを次のとおりに改める。

ところで、被告黒木が本件土地(一)について訴外亡綾部市太の持分三分の一については同人の相続人綾部初栄、綾部一夫、中村キミ、阿部静子から昭和三九年一二月二〇日の売買により、また中村甚蔵の持分三分の一については同人の相続人中村盛雄から同年一〇月二〇日の売買により、各持分を譲り受ける契約をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉証言によるも右契約が前記相続人と被告黒木とが通謀していた虚偽の意思表示によるものとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

そして、被告黒木が右売買による所有権移転登記を経由していることは前記のとおりであるから、右持分の譲受前に、時効により本件土地(一)の所有権を取得した原告は被告黒木が譲り受けた持分に関する限り同被告に対抗しえないと解すべきであるようである。しかし、もともと、綾部市太、中村甚蔵の共有持分権は共有者の一人である被告黒木の共有持分によつて制限された所有権であつて、その持分が被告黒木に譲渡されることによつて、このような制限のない被告黒木の一個の所有権に帰したものと理解できるし、また被告黒木に綾部市太、中村甚蔵の相続人らからその各持分を取得する以前において、すでに本件土地(一)を時効により取得した原告に対し、共有者の一人として右土地全部について不可分的に所有権移転登記をすべき義務があったのであり、右相続人らの持分が被告黒木に譲渡されることによつて、被告黒木の右土地についての所有権移転義務は結局単一のそれに変化したと考えることができる。

従つて右相続人らが共有者の一人である被告黒木に対し持分を譲渡しているからといつて、この場合の被告黒木を譲受持分に関して、民法第一七七条にいう第三者にあたると解することは当をえない。もしそうでないとすると、被告黒木は自らの本来の持分については原告に対し所有権移転義務を負いながら、譲受持分についてはその所有権移転義務を負わないという本来不可分であるはずの所有権移転義務の態様に変動を生ずる不合理も生ずる。

よつて、時効完成後に他の持分を譲り受けその移転登記を経由したとはいえ被告黒木はなお本件土地(一)所有権の得喪の当事者であり民法第一七七条にいう第三者に該当せず、したがつて、原告に対し右土地についての所有権移転登記をすべき義務がある。

(二)  〈証拠省略〉をもつてしても補助参加人が本件土地を買収した事実を認めるに足りない。

(三)  〈証拠省略〉(被控訴人(当時富高町)の国有財産売払申請書および同町会議決書謄本)によれば、被控訴人が売払申請をした土地の地番を富高町大字日知屋字櫛の山一、三九九番とのみ表示しているところから、あたかも同番の土地だけの売払申請をしているようにみえるが、右各文書には同番の元富高海軍飛行場用地八、二八三坪との記載もあり、〈証拠省略〉(添付図面)の表示と対比してみれば、右売払申請は同番を表示上代表地番として掲げたにすぎず、これに本件土地が含まれていることがうかがえるし、そして、右申請に対する昭和二六年二月一五日付国有財産売払通知書〈証拠省略〉にも宮崎県東臼杵郡富高町大字日知屋(元富高海軍飛行場水道)原野二(町)七(反)六(畝)〇三歩(八二八三坪)売払価格一六二、八一〇とあつて、右申請に符合しているのであるから、被控訴人が昭和二六年二月一五日補助参加人から本件土地を含めて八、二八三坪の土地を代金一六二、八一〇円で払下げを受けたことは明らかである。

(四)  〈証拠省略〉には、本件土地(二)について、坂本嘉久治が昭和一六、七年頃からこれを開墾し昭和二〇年に完成し耕作をしていた趣旨のことが表われているが、いずれも、その現地について具体的説明がないばかりか、自己所有地としての意識のもとになされたとみるには、〈証拠省略〉によると、右土地について昭和二〇年一月二〇日開墾成功賃貸価格修正の記録も抹消されていて、これらの証拠によつては未だ補助参加人の昭和一八年一月三一日からの本件土地(二)の自主占有を否定するに足りない。

二、そこで控訴人等の当審における主張について以下判断する。

(一)  時効中断の主張に対する判断。

控訴人等は補助参加人の本件土地に対する占有は昭和二〇年八月一五日の終戦により任意に中止した旨主張するけれども、〈証拠省略〉を総合すると、昭和二〇年八月一五日終戦と同時に本件土地を含む富高飛行場施設敷地内にいた軍人、軍属は殆んど復員したが、古橋大佐、赤井大尉、渋谷団治の三名は、なお右施設敷地内に残留し、上部機関である佐世保施設本部の指示により、右渋谷団治が責任者として施設敷地の管理および引き継き連絡等の残務整理に当つていたが、他方昭和二〇年八月二八日閣議決定によつて、旧陸海軍所属の国有財産は原則として大蔵省に引き継ぐこととされたため、昭和二一年一月頃熊本財務局宮崎支所富高出張所が設置され、その初代所長として舟田清三、同次長として米田一男らが赴任してその後の施設敷地の管理は渋谷団治らから右舟田らに引き継がれ、以来大蔵省が前記のとおり昭和二六年二月一五日、右施設敷地を被控訴人に払下げるまで、これを占有管理し、旧軍用地の貸付、払下げ等の事務処理を行つてきたものであることが認められ、右認定に反する〈証拠省略〉はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

そうすると、本件土地の管理機関は旧海軍から大蔵省へと変つたけれども、なお補助参加人の占有は終戦の前後を通じて継続していると認めるべきであるから、控訴人等の前記時効の中断の主張は理由がないものといわねばならない。

(二)  憲法違反の主張に対する判断。

控訴人等は国や地方公共団体が国民の不動産を時効によつて取得することは憲法第二九条に違反する旨主張するが、同条の立法趣旨は国あるいは地方公共団体が公権力の行使の場合であつても国民の財産権を侵害してはならず、もし国民の財産を公共のために利用しようとする場合は正当な補償を与えるべきであるとするものであつて、永続した事実状態を権利関係にまで高め、もつて法的安定性をはかろうとする時効制度とは、おのずからその立法趣旨を異にするものであり国や地方公共団体といえども時効による権利得衷の当事者たりうるものと解して何ら差支えはない。

従つて、被控訴人が時効により本件土地を取得しても憲法に反することとはならないのであつて、この点に関する控訴人等の主張は理由がない。

三、よつて、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生田謙二 杉島広利 大西浅雄)

〔参考〕第一審判決

主文

被告黒木要蔵は原告に対し別紙目録(一)記載の土地につき、被告坂本カヤ、同坂本林蔵、同坂本文雄、同田平フヂエは原告に対し別紙目録(二)記載の土地につきそれぞれ所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

主文同旨。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

(原告の請求原因)

一、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地(一)という。)はもと被告黒木要蔵、訴外亡綾部市太、訴外亡中村甚蔵三名の共有であつたが、綾部市太の持分三分の一については同人の相続人綾部初枝、綾部一夫、中村キミ、阿部静子より昭和四〇年二月二日付で、中村甚蔵の持分三分の一については同人の相続人中村盈雄より昭和三九年一一月二六日付でそれぞれ被告黒木に対して持分移転の登記が存在し、現在同人が登記簿上単独所有名義人である。

二、別紙目録(二)記載の土地(以下本件土地(二)という。)はもと訴外亡坂本嘉久治の所有であつて、その旨の登記が存在し、被告黒木を除く被告四名は坂本嘉久治の相続人である。

三、昭和一八年一月三一日原告補助参加人国は、本件土地(一)につき当時の共有者被告黒木、訴外綾部市太、同中村甚蔵から、本件土地(二)につき当時の所有者訴外坂本嘉久治から、それぞれ海軍飛行場建設のため日向市宮島地区の他の土地と共に(合計約三万坪九九、一七四平方メートル)買受けた。各代金は関係資料が戦災等で散逸して不明である。

四、昭和二六年二月一五日原告は本件土地(一)、(二)を含む右国有地八、二八三坪(二七、三八一平方メートル)を代金一六二、八一〇円で国より払下げを受けた。

五、原告は本件土地(一)、(二)について昭和二六年二月一五日市営住宅用地として国より払下げを受けて占有を始めたが、その際、無過失であり、現在迄占有しているので一〇年の時効により所有権を取得している。仮に過失があつたとしても、前主である国が昭和一八年一月三一日に占有を開始しており、原告はその占有を承継しているので二〇年の時効により所有権を取得している。

(被告らの答弁)

一、請求原因第一項、第二項は認める。同第三項、第四項は否認する。

二、請求原因第五項について、原告の占有の事実は認めるが、占有開始時無過失であつたとの点は争う。前主の国の占有も争う。

(被告黒木の主張)

請求原因第一項後段で原告が主張する被告黒木の持分移転登記はいずれもその登記原因が存在する。即ち被告黒木は訴外綾部市太、同中村甚蔵との共有に属する土地を本件土地(一)以外にも持つていたところ、右両名が本件土地(一)を除く他の土地を処分してしまつたためその清算の趣旨で本件土地(一)を譲り受けることにしたものである。

(原告の被告黒木の主張に対する認否及び反対主張)

被告黒木が訴外綾部市太及び同中村甚蔵の各相続人らと契約をしたことを認めるが、右契約は共有者中唯一の生存者である被告黒木が、国の本件土地(一)に関する買受けの資料の散逸を知つて各相続人らと通謀してなした仮装の行為である。

(被告黒木の認否)

原告の右主張は否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、講求原因第一項、第二項の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで原告補助参加人国が本件土地(一)、(二)(以下単に本件土地というときは(一)、(二)とも含めて示す。)を買収したか、否かについて判断する。

(一) 〈証拠省略〉によると、昭和一七年初頃から日向市富島地区の土地につき海軍の富高飛行場を拡張する必要が生じたので、同地区を担当する呉海軍施設部において周辺地区の買収手続をすすめたこと、右工事は急施を要するものであつたが、このように急施を要する工事の場合、土地の買収手続は、一般にはまず地主に対し大体の単価、地域を示して起工承諾書と呼ばれる工事の同意書をとり、実測のうえ工事に着手し、その後に売買契約書等を正式に作成し昭和一七年頃迄は登記終了後、昭和一九年頃からは登記終了以前にそれぞれ代金を支払い、支払方法としては各地主から委任状を得ている町長に対し呉の経理部から一括送金する一方町長から領収書をとるというような形式のものであつたこと、買収が終つたのち海軍の所有地を示すものとして位置図を作成しておいたことがそれぞれ認められる。

(二) 〈証拠省略〉の結果を総合すれば、同地区の土地買収の具体的状況は次のようなものであつたことが認められる。

呉海軍施設部の係官である末田は昭和一七年初頃飛行場拡張及びその対岸である櫛ノ山地区に兵舎、工作場等を作るため櫛ノ山の中腹から下を含めて買収しようとし、買収予定地を実地調査したうえ当該地域の地主らを公民館、神社々務所、小学校等に集めて工事の必要を説明して協力を求め、単価は田について坪当り二円五〇銭として大体の代金額を示して起工承諾書を求めたところ、時局柄承諾をしないものは居なかつた。そこで海軍は直ちに工事に着手し、本件土地中沼地状になつていたものがあつたがそこに工作場を作るべく予定し、本件土地内にコンプレツサーを据付け本件土地の西側には塩見川沿いに護岸工事を行い、本件土地の北方には兵舎等が建築された。本件土地の南側の隣地については日高栄作が所有者であつたが、同人は前記工事の承諾後昭和一八年九月一六日付で同年一月三一日の売買を原因として海軍省に対する所有権移転登記を了し土地代金の支払をうけている。以上の事実を認めることができる。

(三) 〈証拠省略〉によると、昭和二〇年二月、三月、五月各作成されている本件土地以外の土地の買収申出書には位置図から転記されたと推認される図面に本件土地を含めた櫛ノ山地区の土地が既に買収を終つた海軍の土地として表示されていることが認められる。

(四) 以上認定の各事実に照せば軍事施設用地として買収する際、当初からそのうちの一部を除いて買収することは考え難いので原告の主張の理由があるかのようであるが、他方本件土地についてはその売買契約者の存在すら窺えず、その登記も当事者間に争いないとおり移転しておらず、代金支払の事実ももとより認めるべき証拠がなく、又「綾部市太外二名」の記載がある〈証拠省略〉が本件土地(一)についてなされたものであるとも(坂本嘉久治、日高栄作等の氏名はない。)かつ売買承諾の趣旨を含んでいるとも認めることができず、更に被告黒木の本人尋問の結果によると昭和一八年当時同人は長崎方面に居住し、本件土地の売買の事実は全く知らなかつたことが認められ、〈証拠省略〉によつても地主らを集合させた際権限のある全ての地主を集めたことも認められないので以上(一)乃至(二)の各事実をもつてしても原告主張の売買契約成立の事実は未だこれを認めるに足りず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

三、そこで次に原告の一〇年の取得時効の主張について判断する。〈証拠省略〉によると昭和二六年二月一五日原告は補助参加人国より本件土地を含めて八、二八三坪の土地を代金一六二、八一〇円で払下げをうけたことが認められる。右認定に反する証拠はない。そして原告が本件土地にその頃より市営住宅を建設してその占有を始めたことは当事者間に争いがない。

しかしながら右占有開始時本件土地(一)の登記が依然被告黒木、訴外綾部高太、同中村甚蔵の共有名義であつたことは〈証拠省略〉により認めることができ、本件土地(二)の登記が訴外坂本嘉久治の名義であつたことは当事者間に争いのない事実であつて、右の事実はいずれも登記簿を調査すれば直ちに判明することであり、前記〈証拠省略〉の国有財産売払通知書にも所有権移転登記請求書を提出するようにとの記載すらあるのであるから、売渡人が国であろうと地方公共団体としては当然登記簿の調査をするべき注意義務があるものというべく、これを怠つた原告に過失がないということはできない。従つてこの点の原告の主張も理由がない。

四、すすんで原告のその前主である国が昭和一八年一月三一日に本件土地の占有を始めており、その占有を承認したとの主張について判断する。

前記二の(二)、(三)記載のとおり海軍が軍事施設用地とする意図を持つていた以上、一定区域中の一部を除いて占有することは考えられず、又国は本件土地の西側に護岸工事をし、本件土地内にコンプレツサーを据付けておつたこと、及び本件土地が海軍の所有地として位置図に記入されたと推認すべきこと並びに前記三で認定したとおり国が本件土地を含めた土地を原告に払下げていることによれば、本件土地の隣地である日高栄作所有地の登記が海軍省に移転登記された際の登記原因の日付である昭和一八年一月三一日には(前記二の(三)参照)遅くも国が本件土地について占有を始めたものと認めることができる。右認定に反する証拠はない。

そうであるとするならば前述のとおり原告は本件土地を国から払下げをうけてその占有を承継しているので、同日より二〇年を経た昭和三八年一月三一日の経過により本件土地を時効取得したものといわなければならない。

被告黒木は当事者間に争いないとおり昭和三九年及び昭和四〇年に訴外中村甚蔵及び同綾部市太の各相続人から本件土地(一)の共有持分はつき移転登記を経由しているけれども、被告黒木は従前からの共有者の一人であるから原告に対する関係で第三者とはいえず物権変動の当事者と同視すべきものであり、他の持分三分の二につきいわゆる二重譲渡と同様に考えることは相当でなく、被告黒木の主張する各移転登記の原因の存否に同かかわりなく被告に対し原告は本件土地(一)の所有権の移転登記手続をすることを求めるものと解するのが相当である。従つてこの点に関する原告の主張は理由がある。

五、以上のとおりであつて、その余の点について判断する迄もなく、原告は本件土地(一)、(二)の所有者として被告らに対してその移転登記手続を求める権利があるので原告の請求を理由ありとしてすべて認容することとし、訴訟費用の適用については民事訴訟法八九条、九三条一項を本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新穂豊 村田晃 前川鉄郎)

物件目録〈省略〉

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